ジャカード織生地が出来るまで vol.6 工程⑥:整経(せいけい) ~織物の屋台骨~

本シリーズでは、群馬県桐生市にあるジャカード織物を制作している機屋・須裁株式会社が、ジャカード織生地が出来るまでの工程をご紹介しています。バックナンバー(vol.1~5)の記事も末尾にリンク掲載していますので、是非ご覧ください。

皆さん、こんにちは。前回から時間が大分あいてしまいました…!ですが、この「ジャカード織生地が出来るまで」シリーズ、いよいよ織物を織り始めるための準備の段階に入ってきました。

今回は、前回ご説明した「工程⑤:染色(せんしょく)」のあとに行われる「工程⑥:整経(せいけい)」、つまり、織物を織るときの経糸(たていと)の準備についてご紹介していきます。

製作の全工程(先染めの場合)】

工程① 全体構想
工程② 織物の設計図(組織データ)づくり
工程③ 紋紙(もんがみ)の作成
 ※デジタル織機を使う場合は無し
工程④ 原料(糸)の仕入れ
工程⑤ 染色(せんしょく)
 ※「後染め」の場合は「製織」後に実施
工程⑥ 整経(せいけい):経糸(たていと)の準備
工程⑦ 製織(せいしょく):織り
工程⑧ 整理(せいり):生地の風合いの仕上げ
工程⑨ 加工
 ※生地によっては無し
工程⑩ 梱包・出荷

皆さんが身に着けている生地には、大きく分けて「編み物(ニット)」「織物」「不織布」の3種類があります。「編み物」は、ねじったり絡ませたりする方法で1枚の生地状にするもので、セーター等のいわゆるニットのほか、レースなども含まれます。「不織布」は、最近ではお馴染みのマスクなどにも使われる、細かい繊維を圧着させて生地状にしたものです。

一方で「織物」は、経糸と緯糸で構成され、作り方としては工業的・量産的なのですが、制作の過程においては高い技術や経験が求められることが多く、当社のような機屋(はたや)はこの経糸の設計に一番神経を使います。経糸を準備する工程は、実はジャカード織り物をつくるうえで、最も時間・労力・コストのかかる部分で、一度作った経糸は簡単に変更できるものではありません。はじめに企画・構想した織り物のデザインをイメージ通りに仕上げるためには、どのような経糸を用意するべきか、その的確な指図書を作るのが、機屋の重要な役割になります。

今回ご紹介する「整経」とは、織物を織り始めるために必要な長さの経糸を必要な本数分用意する工程のことで、当社のある繊維産地・桐生には、この整経を行う専門の職人・整経屋さんが数十軒あります。今の時代において、機織りの機械がどれだけ電子化されても、この整経の工程には専門の機械と専門の職人さんが必要で、これは全世界共通です。

整経のために準備する糸は、それぞれ太さ、素材、撚糸(ねんし)回数、本数、セット温度、などが違います。糸の太さや素材に違いがあることは言わずもがなですが、撚糸回数工程④の回でご紹介した通り、糸をねじることで織り上げる生地に様々な表情や風合いを創り出す工程です。経糸の本数とはそのまま、その織物の経糸が何本によって構成されるかを示します。

【(写真)整経の最初の作業で、配列を整え経糸の綾を取る「綾取(あやとり)」をしているところ。】

そして糸の「セット」とは、私達が寝癖を直すために温風のドライヤーを使って髪型をセットするように、糸に熱を加えることで、糸の撚り具合を欲しい形で保持できるようにし、生地の表情をコントロールしたり、生地が織りやすい状態を作り出すものです。この加温は糸の素材によって設定温度が異なり、例えばポリエステルは120-130℃、キュプラは60-70℃、ナイロンは高くても100℃など、それぞれの糸の性質を踏まえた適正な「セット温度」があります。ポリエステル、キュプラ、ナイロンなどの化学繊維(化繊)は、加温すると糸が収縮する性質があるので、糸が壊れない範囲で収縮させて形態を安定させたりします。これと反対に、この加温による収縮の性質をあまり持たないシルクなどの天然繊維は、「セット」することは稀です。

この「セット」と呼ばれる加温・収縮の技術を応用して、7割くらい収縮させた糸と10割収縮させた糸を組み合わせて生地を織ると、「フクレ織り」といった生地に凹凸がある独特の表情を創り出すことが出来ます。これは化繊ならではの技法で、素材の化学反応を上手く使いこなした織物ですが、手間もかかる繊細な技法のため、大量生産の工場ではなかなかしないかもしれません。

【(写真)フクレ織りの生地。二重織の間にアンコを入れた空気感と立体感のある織物に仕上がっています。】

こういったセット温度を含む、すべての情報を指図書に記載し、糸と共に整経の職人さんに託します。

【(写真)整経屋さんにお渡しする指図書のサンプル。職人同士にしか分からない専門用語がびっしりです。】

糸を整経屋さんにお渡しする際、糸は「パーン」「コーン」「チーズ」の形に巻かれています。まるで朝食のメニューのようですよね(笑)。

「パーン」は、撚糸した状態で化学繊維の糸メーカーなどから買った時に多い巻き方で、糸がずれて崩れないよう八角形のような形に巻かれています。

一方で、糸を購入した後に先染めを施した場合は、円すい型の「コーン」か、円柱型の「チーズ」に巻きなおされています。この2つは形だけの差になります。

生糸などは染める時に染めやすい形状として「枷(かせ)」という形のままで仕入れることがありますが、整経の段階では、そこから「コーン」か「チーズ」の形に巻きなおします。昔は「繰り屋さん」と呼ばれる職人さんがこの作業を分業で行っていましたが、今では繰り屋さんはほとんど居なくなり、弊社のある繊維産地・群馬県桐生にも、残念ながらほぼ残っていないため、整経屋さんにまとめて作業をお願いします。

【(写真順に)パーン、コーン、チーズ、絹糸の枷(かせ)の束。「チーズ」はナチュラルチーズのような形をしていることから名づけられたと言われています。】

さて、整経には大きく3つのパターンがあります。

まず1つ目は、「スラッシャー」と呼ばれる方法です。スラッシャー機を用いて、「パーン」から直接整経できる大量生産型の効率的な整経方法ですが、大きな設備が必要なため小さな整経屋さんではなかなか対応が出来ません。

2つ目は、「部分整経」と呼ばれる小ロットで生産する生地向けの整経方法で、一定の幅の整経を繰り返す方法になります。最後が「転がし整経」と呼ばれるもので、こちらも小ロットで生産する生地に向いている方法で昔ながらの整経方法です。

こういった整経の設備や技術の違いなどにより、整経屋さんの得意とする分野が分かれてきます。例えば、福井や石川などの産地では大量生産向けの整経を得意としている整経屋さんが多かったりしますし、綿や化繊など素材の違いでもお願いする整経屋さんを変えたりすることがあります。

整経が終わった糸は、機屋さんが持ち込んだ「ビーム」という木製の棒状のものに巻き取ると「経糸」の完成となり、そこまでが整経屋さんの仕事になります。例えば、「1万本×1000m」という指図書であれば、1万本の糸が1000m分、ビームに巻かれて戻ってくるという具合です。

【(写真)部分整経の様子。並べられた大量の「コーン」から糸を引き出し、回転するドラム型の機械に巻き取っていきます】

機屋さんは、ビームに巻かれて完成した経糸を持ち帰り、自社の織機の機台に設置します。経糸の巻かれたビームは、世界的な基準では150-200cm幅、当社で扱うものでも120-140cmの幅があり、重いものだと100-200kgに及ぶので、自動車で工場に運んでからは男性2人で持ち上げ、台車で移動したりチェーンで持ち上げてようやく設置します。

ビームを機台に設置したあと、いよいよ織り始めるための最終準備として、もとから機械に架かっていた糸と新しい糸を切り替えるために、経糸同士を1本ずつ繋いで経糸を切り替える「よじり」(2本の糸をねじって繋ぐ)の作業に入ります。

この作業は、日本でも多くの工場で「つなぎ」専門のロボットによって行われていますが、当社のある桐生では、小ロット多品種生産が多いことから、昔ながらの「よじり屋さん」と呼ばれる職人さんたちの手による「よじり」作業もいまだに行われています。

当社でも、ロボットと職人の手作業の両方でこの経糸つなぎの作業を行っていますが、どれだけロボットの技術が進んでも、「よじり屋さん」による手作業の方が、糸が途中で外れたり切れたりする失敗率が圧倒的に低いのが特徴です。生地を織っている最中に糸が外れたり切れたりすると、糸のかけなおしなど大幅な追加コストと時間のロスにつながるため、職人さんへの信頼感は絶大です。

【(写真)よじり屋さんの作業の様子。昔ながらの歯磨き粉を使って指先で2本の糸をよじって繋いでいきます。】

とはいえ、糸を1本1本拾って一生懸命作業をしているロボットも、ずっと見ていると何だか愛おしくなります。

【(動画 ※音が出ます)つなぎロボットが1本1本、経糸を繋いでいる様子。】

これで経糸の準備がようやく完了。次回はいよいよ、当社の工場で行われる機織りの工程「工程⑦:製織(せいしょく)」について詳しくご紹介していきます!

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